2010年12月12日日曜日

『死んだ中原』小林秀雄

  君の詩は自分の死に顔が
  わかつて了つた男の詩のやうであつた
  ホラ、ホラ、これが僕の骨
  と歌つたことさへあつたつけ

  僕の見た君の骨は
  鉄板の上で赤くなり、ボウボウと音をたててゐた
  君が見たといふ君の骨は
  立札ほどの高さに白々と、とんがつてゐたさうな

  ほのか乍ら確かに君の屍臭を嗅いではみたが
  言ふに言われぬ君の額の冷たさに触つてはみたが
  たうたう最後の灰の塊りを竹箸の先で積もつてはみたが
  この僕に一体何が納得出来ただろう

  夕空に赤茶けた雲が流れ去り
  見窄らしい谷間ひに夜気が迫り
  ポンポン蒸気が行く様な
  君の焼ける音が丘の方から降りて来て
  僕は止むなく隠坊の娘やむく犬どもの
  生きてゐるのを確かめるやうな様子であつた

  あゝ、死んだ中原
  僕にどんなお別れの言葉がいえようか
  君に取り返しのつかぬ事をして了つたあの日から
  僕は君を慰める一切の言葉をうつちやつた

  あゝ、死んだ中原
  例へばあの赤茶けた雲に乗って行け
  何んの不思議な事があるものか
  僕達が見て来たあの悪夢に比べれば

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